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《加藤百合子の農業ロボット元年#03》制御工学の知識が生んだホウレンソウの収穫

工業の枠を飛び出し「かけ算」を!
《加藤百合子の農業ロボット元年#03》制御工学の知識が生んだホウレンソウの収穫

すでに生産現場から導入希望の声が届く(千田教授のホウレンソウ収穫機)

 農業ロボットは決して数は多くないが各地の大学で取り組まれている、農業ロボットを推進する活動を通じでそう再確認した。実は独立行政法人農研機構という国の農業系研究機関の外部評価委員を務めているが、機械関係で共同研究する企業群は私自身が学生だった約20年前と変わらない。そして、大学も農学部がほとんどだ。

 しかし、実際に各大学を訪問してみると、工学部でも農業課題に取り組んでいることがわかり、その専門性を生かした研究はイノベーションの可能性を感じさせる。

 宇都宮大学の尾崎功一研究室では自律走行の技術をベースに、イチゴの収穫ロボットを開発した。収穫に適した色のイチゴだけを画像処理で選び、イチゴの茎の部分をつかんで専用の容器へセットする。一度もイチゴに手を触れることなく出荷できるため1か月近く日持ちする。

 実際にベルギーでの国際味覚審査機構へ出品し、優秀味覚賞を受賞している。この研究は実は工学部の尾崎教授だけでなく農学部の柏嵜勝教授により、マーケットまで考えたからこその成果。

 また、信州大学千田有一研究室では5年ほど前からホウレンソウの収穫機の開発にチャレンジしている。完成度は高く、パートさん30人分を1台でこなせる性能を達成している。

 現在は商品化に向けて民間企業と共同開発のフェーズに入っている。千田教授が工学部の所属しながら農業課題に取り組むことに周囲の評価は決して高くなかった。

農業機械メーカー、工学部のロボット研究の組み合わせになりがち


 しかし、某農機メーカー幹部に本収穫機の構想を語ったこところ「そんなものできたら革命だ」と相手にされず悔しい思いをした。そのことが逆に研究のモチベーションになり、結果、実現させたのだから有言実行だ。

 ブレークスルーのポイントは千田教授の専門である制御工学の知識。ホウレンソウをカットする刃をホウレンソウがどう動くか、機械全体がどう動くかを予測して制御している。

 この2教授の共通点はいわゆる専門の枠から出たこと。大学も行政も多くがいまだに縦割りであり、農林水産省と農学部や農業機械メーカー、経済産業省と工学部のロボット研究という組み合わせになりがち。それは民間企業であっても専門業界以外に視野を広げることをしてこなかったのは同じ。

 超高齢化社会に向かい生産性向上が急務な日本において、農業は地方が主体であり課題先進業界。各専門と農業がかけ算することにより新商品や新サービスを創りだし、社会イノベーションの起点となる可能性は高いと考えている。
加藤百合子
加藤百合子 Kato Yuriko エムスクエア・ラボ 代表
工業系のものづくりは裾野が広いですが、工業という枠に捉われていると思います。一歩踏み出せば、持っている技術の新たな価値を見出せるはずです。活用の場を制限せずに、社会の課題に目を向けてもらえればイノベーションの種はあちこちに落ちています。是非、農業に目を向けていただければと思います。

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