ニュースイッチ

「博士学生はプロの研究者」という認識を定着させるべき理由

博士後期課程学生の経済支援は長年の課題。学生とはいえ、先端研究をプロレベルで担う研究者であるという理解が進んでいないのではないか。研究者の一端を担う博士学生へ、産学連携を含む競争的資金の一部を回す仕組みの確立を望みたい。

博士号とは、だれも気付いていない重要な仮説を見つけ、それを科学的手法で実証し、社会の豊かさにつなげる力を持つことを示す最高学位だ。博士学生は学費を払って研究指導を受けながら、力を身に付ける途上にあるが、相当の力を持つ。

政府関係者の間で注目される、論文筆頭者(研究の中心人物)の調査分析がこれを裏付ける。筆頭者のうち博士学生は19%を占め、講師・助教クラスの21%、准教授クラスの20%、教授クラスの22%と遜色がない。修士課程までの学生は教育を受ける一方だが、博士学生は学術論文を創出する研究者なのだ。

博士号取得の条件に査読(専門家の審査)論文を求められることが多いため、実は教員以上に論文作成に真剣だともいえる。

政府は2021年度からの第6期科学技術・イノベーション基本計画に向け、博士学生はプロの研究者という側面を重視し、研究活動へ対価を支払う方策の確立に動いている。

文部科学省が21年度予算で概算要求した、博士学生の生活費と学位取得後の研究職ポスト確保を図る大学支援の新事業がその一つだ。大学が外部研究費の間接経費や産学共同研究費の一部を博士学生支援に回す場合に、文科省が3分の2補助をする仕組みで、29億円を計上した。

さらに同様の経済支援を、研究室主宰教員の裁量に委ねる研究費から行うことも視野に入れている。大学の研究が流行テーマばかりにならないようにする注意は、もちろん必要だ。

しかし社会から支持されるアクティブな研究室が経済的に豊かになり、博士学生に生活費を出しながら、真の優れた研究者に育て上げる好循環は、欧米の大学で浸透しているものだ。博士学生はプロの研究者。これを新常識として定着させたい。

出典:日刊工業新聞2020年10月19日

文科省、就職先と生活費確保 博士課程学生を支援

文部科学省は博士課程学生の生活費と就職先確保を、セットで支援する事業を2021年度に始める。各大学が自らの研究・教育戦略に基づいて、外部資金の間接経費や産学共同研究費の一部を博士支援に回し、その3分の2を文科省が補助する。これにより活力ある分野で博士進学率が高まり、好循環になると期待される。博士新1年生約1000人の支援から始める。概算要求で約29億円を計上した。

新事業ではまず各大学が、社会ニーズを含めて強化すべき分野など研究戦略を明確にする。これに合わせて修士課程修了後に博士課程へ進学した学生の経済支援と、博士号取得直後の雇用確保をするコースや奨学金を設定する。原資は大学側の外部研究費の間接経費や、直接経費によるリサーチアシスタント(RA)費などだ。これに対して文科省が補助する仕組みだ。

大学は分野により産学共同研究や研究インターンシップ(就業体験)を必須にしたり、海外研究機関の博士研究員(ポスドク)の雇用を獲得したりする。東京大学の卓越研究員事業や、京都大学の白眉プロジェクトがモデルになる。

事業設計の土台は内閣府の総合科学技術・イノベーション会議による「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」だ。博士学生は論文の筆頭著者の約2割を占め、研究者として対価を受けるべきだ、としている。

そのためアルバイトなしで研究に専念できる生活費相当(年180万円、月15万円)の受給を、新事業などで一般化しようとしている。

また政府は研究大学を支援する大型基金を計画している。将来は基金の運用益を博士学生支援に回すことも視野に入るが、先に新事業で道筋を付けることになりそうだ。

日刊工業新聞2020年10月1日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
博士学生の経済支援は、「全員全額の支援までは手が回らないが、ある程度の割合の優れた学生は応援したい」というのが、関係者の思いだ。そのうえで政府の方策は、「産業界や政府から研究資金を集められる大学・分野で、博士学生の経済支援を実現し、発展させる」というものになる。つまり博士学生育成は研究大学に限ったものになっていくのだろう。これはある程度、合理的なものだ。教員は中堅以下の大学でも、「自分の弟子となる研究者を育てたい」という気持ちを持っているが、もはやすっぱりと頭を切り替えた方がよい。なぜならオンライン授業を契機に、「学部や修士の教育をどれだけ大切にしている大学なのか」を、高校生や親が精査し、厳しく選別する時代になってきている のだから。

編集部のおすすめ