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「脱・ハンコ」でも大丈夫! 王者シヤチハタの新たなビジネス戦略

「脱・ハンコ」でも大丈夫! 王者シヤチハタの新たなビジネス戦略

1968年発売当時は「ネーム」の名称で、86年に「ネーム9」に。累計出荷本数は1億8000万本を超えるロングセラー商品

誰もが1本は所持していると言っても過言ではないシヤチハタのハンコ。朱肉なしハンコの市場シェアの8割から9割を占める商品の正式名称は「ネーム9」。新型コロナウイルスの感染拡大に伴いテレワークが推奨され、日本固有のハンコ文化の見直し機運が高まる中、逆風にさらされる絶対王者。しかし、すでにデジタル社会を見据えたビジネス戦略を描いている。

思いもよらないトラブルを克服

1925年創業のシヤチハタ(当時は舟橋商会)は、創業者が発明した「万年スタンプ台」という商品から出発。知名度が全くない商品を流通に乗せるために、創業当初は腐心するも1960年代には、スタンプ台いらずの「Xスタンパー」を作ることに成功。1970年の大阪万博の各パビリオンで使用され、さらに同時期に大規模な広告展開をすることで全国区の知名度を獲得した。

シヤチハタの「ネーム9」には、材料の一つに“塩”が使われている。舟橋正剛社長は、その構造をこう解説する。

「印面はスポンジ状のゴムでできていて、スタンプすると紙に適量のインキが染み出てきます。この構造を作るためには、インキが通る細かい孔が無数にあいたゴムを作らないといけないのです。試行錯誤の末、ゴムを練る際に、水溶性の細かい粒を混ぜて、その物質を水に溶かしてゴムに連続して細かい孔を開けるのが一番良いと分かりました。それが塩。砂糖では成型時に熱を加えると溶けてしまうから孔ができないのです」

塩であれば、熱を加えても溶けないし、手に入れやすい。しかし思いがけないトラブルに遭遇する。

「ある時、お客様からクレームが来まして。押しているうちに印字が欠けてくると。そこで欠けている部分を研究者が顕微鏡で見ると、ゴキブリの歯型に似ている。どうやらゴキブリがインキを食べるらしく、ゴキブリが嫌う素材をインキに混ぜ込むとトラブルがなくなりました。このエピソードから、改良された材料のインキの名称の最後にGとつけています(笑)」

舟橋正剛社長

インキの性能を向上させ、納期を短縮するなど、どんどんブラッシュアップされているが、基本的な構造はいまなお変わらない。「これのおかげで、弊社は長年食べさせてもらっているようなもの。苦労して開発した先人たちに感謝しています」

看板商品を否定してきた歴史

安定した収益基盤を構築してきた同社だが、新型コロナウイルスで思わぬ逆風に遭遇する。リモートワークが推奨され、自宅などで仕事をする人が増える一方、感染を防ぐために在宅勤務を進めても、書類への押印のため出社を余儀なくされるケースに直面した。これをきっかけに、ハンコ文化の見直し機運が高まっているのだ。コロナ禍を機に、一気にデジタル化へ舵を切ろうとする社会を前に、意外にも舟橋社長の表情は明るい。

「当社には、創業者が作った看板商品を“否定する”、そして次に“つなげる”商品に“トライする”企業遺伝子が受け継がれているようです。例えば初代が作った万年スタンプ台を否定するように、ネーム9を作りました。そして次はネーム9を否定するように電子印鑑を開発。実はパソコンが会社や個人宅で使われ始めた25年前から、作っていたのです。ずっと鳴かず飛ばずの細々とした商いでしたが、昨年あたりから問い合わせが徐々に増え始め、コロナ禍によって爆発的に増えました」

実際、現在行なっているのはサブスクリプション型のクラウドサービスで、月の使用料は1印影100円。これなら、印影が劣化することもないし、ハンコを紛失することもない。

「ハンコを押すのは、意味があってやっていること。日本の会社の9割は中小企業ですから、コストの問題もあってか、そうそう簡単に業務プロセスを変えられません。アナログでやっていたことをそのままデジタルに移行し、低額サービスならなおよし。ですから我々にはまだまだ商機があると思っています」
右が昨年テスト販売された「迷惑行為防止スタンプ」、左が手洗い習慣を促す「手洗い練習スタンプ おててポン」

“印”を残すもの、消すものとしてニーズがある

ところで同社には1000を超えるアイテムがある。最近では痴漢抑制の「迷惑行為防止スタンプ」や、スタンプを手に押し、ばい菌のイラスト印影が消えるまで手洗いを促す「手洗い練習スタンプ おててポン」などが話題となった。商品は販売店を通して流通させるため、ユーザーの声を拾いきれていなかったが、現在はSNSを大いに活用。迷惑行為防止スタンプはツイッターで情報が拡散されると、即完売したほど(現在は販売終了)。

「こういった新しい商品の開発にチャレンジできるのは、これまでの蓄積があるからこそ。多少失敗してもいいので、世の中やユーザーに役立つ新商品開発に今後もトライしていきたい。それが私の使命ですし、“第二の創業期”と捉えてワクワクしています」

ハンコは日本人のアイデンティーでもある。

「子供が生まれて、そのうち好きな印を作って、デジタルで個人認証できるようなものが作れたらいいなと。自分のマークがIDとして使えたら面白いですよね。まだまだ夢の段階ですが」。視線はすでに未来を見据えている。

【企業概要】
▽所在地=名古屋市西区天塚町4-69▽社長=舟橋正剛氏▽設立=1925年▽売上高(連結)=186億円( 2019年6月期)

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