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ノーベル化学賞発表の日に考える「大学における未来の授業」

文=大江修造(日本開発工学会会長) 板書は電子機器に勝る!
 近年の電子機器の発展を踏まえ「大学における未来の授業」という報告が、さきごろ米国の化学工学会でなされた。「授業は電子機器の影響を受けない」というのが結論だ。

 授業といえば、米国の大学院に留学した大企業の研究者の経験談を紹介したい。質問の際に「こんなことが分からないのですが」と言ったところ、「分かるようになるまで、教えるのが私の義務だ」と教授が応じ、丁寧に教えてくれ、日本と米国の大きな差を感じたそうだ。

 ノーベル化学賞の受賞者である根岸英一氏は、米国大学の大学院に留学し、量子力学を受講した際の感想を、「こんなに良く理解できるものか」と、日本での授業との違いに驚いていた。量子力学は理科系の科目の中で最も難解なものの一つだ。

 筆者の知人のご子息がマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学した際の授業の形態を聞いたところ、授業はすべて、黒板などに字を書く板書だったという。

 学生と教授、時間共有で授業の真髄を理解

 筆者の考えでは、授業における板書の優れた点は、学生と時間を共有できる点だ。つまり、教える側と教わる側とが、同時に同じ内容を考えることができる点にある。特に、はじめて授業で聞く内容には、これが重要だ。理論を式で説明し、誘導していくには板書でなければ困難である。黒板の左端から板書を始め、ポイントとなる所では板書したものに口頭で説明を加える。これを繰り返し、黒板の右端で説明が終われば理想的だ。

 これが、プレゼンテーション用の一般的なソフトウエア「パワーポイント」などを使うと、画面に同時に多数のことが表示され、学生にとっては「時間を共有」することができない。

 冒頭の報告では、電子機器の使用を全く否定しているわけではない。補助的には使えるということだ。理論を既に知っていて詳細を説明する必要のない場合や、報告事項の多い場合などはパワーポイントも有効だ。特に、ビジネスの分野やセミナーでは有効である。しかし、そのような場合でも板書を併用すれば効果的な局面もある。

 ウェブサイトの動画が多用されている。大学の授業も多数、動画サイトにアップロードされていて、大変参考になる。工学系で定番の熱力学についても多数の投稿があり、6年前に投稿された「熱力学第一法則」(英文サイト)は62万2653回閲覧されている。MITをはじめとする各大学も授業などのサイトを公開しており、留学や個別の学習には良いツールだ。しかし、神髄の理解には「板書」による授業の聴講が一番である。

※ 日刊工業新聞では第4月曜日に「裏読み科学技術」を連載中
日刊工業新聞2015年09月28日 科学技術・大学面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
スティーブ・ジョブズが自分の子供にはアイフォーンなどのハイテクデバイスの使用を制限し、毎晩キッチンのテーブルで必ず夕食をとり、「会話」というコミュニケーションを重視していたというのは有名(真実かは不明だが)。

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