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保険契約者のゲノム読み取りサービス、米バイオ企業と南アの保険会社

1人250ドルから、個人に合わせた健康・予防医療対策を支援
保険契約者のゲノム読み取りサービス、米バイオ企業と南アの保険会社

ゲノム読み取りコストの推移(米国立ゲノム研究所の資料から)

 バイオベンチャーの米ヒューマン・ロンジェビティ(HLI、カリフォルニア州サンディエゴ)が、保険会社と提携して保険契約者のゲノム(全遺伝情報)を読み取るサービスを開始すると発表した。HLIは、国際共同プロジェクトの「ヒトゲノム計画」に対抗し、15年前に民間企業の立場で人間のゲノム(全遺伝情報)解読に挑んだJ・クレイグ・ベンター博士が2014年3月に立ち上げ、CEOを務めるスタートアップ企業。商業目的で顧客の遺伝情報が大量に保険会社に提供されるのは世界初とみられる。

 HLIが契約した保険会社は、南アフリカのディスカバリー(ヨハネスブルク)。南アフリカ、英国、米国、中国、シンガポール、豪州に合計440万人以上の保険契約者を抱える。手始めに南アフリカと英国の顧客向けに、1人当たり最低250ドルでDNAデータを提供する。

 1ゲノム当たり1000ドルの読み取りコストを目指してDNA解読装置(シーケンサー)の開発が進められている現状からすると割安に思えるが、250ドルで提供するのは、ゲノムのうちたんぱく質合成にかかわり、ゲノムの約2%を占める「エキソーム(エキソン)」と呼ばれる領域の情報。たんぱく質合成に関わらない配列も含んだ全ゲノムや、がん細胞のゲノム(がんゲノム)の読み取りも行う。これらのデータは、病気のリスク情報と、それに対する個別の健康戦略をまとめた報告書とともに、医師や遺伝子カウンセラーを通じて顧客に伝えられるという。

 提携によるディスカバリーの狙いは、保険契約者の健康増進。同社は「バイタリティー・ヘルス」という顧客向けの健康促進・予防医療プログラムを持ち、その一環として、個人のゲノム情報に合わせた健康戦略をサポートする。ゲノム読み取りコストを一部負担するほか、プログラムに積極的な契約者にはインセンティブも与える。

 今年10月には、ゲノム情報のほか、腸内微生物叢や代謝の解析、MRIによる全身スキャンなども含めた新しいタイプの健康管理センターがHLIのサンディエゴ本社にオープン予定で、その後、ディスカバリーの契約者向けに南アフリカと英国にも開設する。

 一方、世界最大のDNA解読機関を謳い、DNAと医療データからなる巨大なデータベースづくりを進めるHLIは、提携により大量のゲノムデータを収集できる利点がある。ディスカバリーの保険契約者のゲノムデータを個人情報と切り離し、データベースに加えるなどして、4年間で100万人分のゲノム情報の収集に取り組む。

 さらにHLIは、ロシュ傘下でバイオ医薬大手のジェネンテックや有力医療機関のクリーブランド・クリニックとも提携し、社内に「機械学習」の専門家なども在籍することから、大量のデータから個別の病気の発生とゲノムの関係を詳細に調べ、正確な病気発生の予測や予防につなげる研究を進める。
ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
ゲノムは究極の個人情報であり、病気になりやすい遺伝形質を持っていることがわかると被保険者が保険会社に契約を断られたり不利益を被る事例が出てくる、といった議論がかつてあった。だが、今回のHLIとディスカバリーの提携は、個人のゲノム情報に応じて健康・予防医療を進めるというまったく逆の前向きな考え方。このアプローチがうまくいけば、ほかの保険会社にも広がっていくかもしれない。

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