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女性工芸士が語る想い「“本物”と大量生産の違いを理解して」

伝統工芸の今
女性工芸士が語る想い「“本物”と大量生産の違いを理解して」

左から金子、渡辺、田邊の3氏。東京・港区にある「伝統工芸 青山スクエア」にて

 風土や歴史の中で育まれてきた伝統的工芸品。丹精込めて作られたこれら魅力は時を超えて輝きを放ち続ける一方で、市場の拡大には現代の暮らしに溶け込む商品開発やビジネス戦略、さらには担い手をどう育てるかといった課題に直面する。METIジャーナル9月号では、「現代を彩るTAKUMI」と題し、伝統的工芸品の新たな可能性に挑む人たちの姿を紹介する。初回は、女性伝統工芸士および、これを目指す若手による座談会。自身を取り巻く環境や挑戦について語り合った。

【世代やジャンルの異なる3氏。共通するのは、作品づくりに寄せる熱い思いだ】

 東京手描友禅の田邊慶子さん(以下、田邊)
 デザイナー志望だったのですが、19才の時に友人の夫の作品に魅せられて「日本一の先生を紹介してほしい」と協会の門をたたきました。以来、半世紀になります。

田邊さんは東京都工芸染色協同組合の理事も務める

 江戸木目込人形の金子友紀さん(以下、金子)
 私は20代で父(金子重治氏)の後を継ぐことを決断しました。木目込み人形とは、衣装の生地を木の切れ目に挟み込んで作ることからこう称します。工房と自宅が一体なので、幼い頃から見よう見まねで、手伝いはしてきたのですが、人形作家「ゆうき」として一から作品を作り上げたのは28才の時です。

人形作家「ゆうき」として活躍する金子さん

 江戸指物の渡辺久瑠美さん(以下、渡辺)
 私はもともと家業を継ぐ気はなく大学に進学したのですが、父(江戸指物伝統工芸士である渡辺光氏)のお弟子さんが辞めてしまったことで、はじめて、家業に向き合うことになりました。それから6年がたちます。伝統工芸士になるには12年以上の実務経験が必要ですので、現在は修行中の身です。

渡辺さんが手にするのは自作の江戸指物


作品の幅、いかに広げる


 田邊
 私が駆け出しの頃は伝統工芸士の要件は20年だったんですよ。兄弟子の時代は何と35年。当時は製造に必要な材料、例えば手描友禅では、染料のにじみを防止するため「泣き止め」と呼ばれる薬剤を用いるのですが、これらの製造技法を学ぶだけでも長い期間を要したからです。でもそれでは本当に表現したいことに取り組めるまでの道のりがあまりに長い。いまは市販の材料がずいぶん普及しました。何事も時代の変化に合わせて変えていくのはよいことです。お二人のような若い方の活躍の場が広がるといいですよね。ところで皆さんの世界では女性の工芸士さんは増えているの。

 金子
 私と同時期にもう一人、伝統工芸士になりましたが、その後は増えていません。

 渡辺
 江戸指物協同組合では2人です。

【伝統的工芸品の生産額・従業員数は1970年代をピークに減少。近年は生産額はおよそ1000億円で横ばい傾向にある。後継者育成はもとより、販路を広げビジネスとして安定成長させることが喫緊の課題である】

 金子
 田邊さんの描かれた帯、すてきですね。

 田邊
 マニアックというか、かなり癖のある作風と自認しています。魚や猫など動物の「胃袋」をモチーフにしたり、バレリーナやフィギュアスケートの羽生結弦選手をモデルに描いた作品もあります。ですから趣味の合う呉服屋さんや個人のお客さんが中心ですね。個性的であることが、この仕事を長く続けてこられた理由のひとつかもしれません。

 金子
 いま、私が主に手がけているのはひな人形や五月人形です。例えばひな人形では、現在の住宅事情にマッチするよう、間口が40センチほどのコンパクトなものが人気です。人形の表情も、かつては「大人顔」が多かったのですが、いまは幼い表情の方が受け入れられるようです。ただ、こうした季節限定商品だけでは、その時期しか楽しんでもらえない。木目込という技法を生かしつつ、常に身近に置いてもらえるように作品の幅を広げていくことは課題ですが、なかなか難しいですね。

 渡辺
 (金釘を使わず組み立てられた木工品である)指物の特徴は、木地の木目を生かした美しさと、華奢(きゃしゃ)に見えて、実は堅牢(けんろう)にできているところなんです。組み手や継ぎ手が見えないよう「ほぞ」を切り組み合わせるなど、実は見えないところにも細工が施されています。「拭き漆」と呼ばれる仕上げは、漆ならではの輝きを楽しめます。いま私が製作するのは箱類など小物が中心ですが、いずれはたんすや鏡台といった大きな作品にも取り組みたいと考えていますし、指物の魅力を日常的に楽しんでほしいです。

本物に触れることで知る「価値」


 田邊
 心を込めて大切に作ったものと、大量生産の似て非なるものとの違いを分かってくださる方が少なくなってしまったことは残念なこと。だからこそ、私たち自身も本物に触れてもらう機会を創り出す努力が必要と感じています。先日、指物で箸を製作する体験を見たのですが、私もやってみたいと思いました。

 渡辺
あっ、私、会場にいました。「(7月に都内で開催された)ものづくり匠の技の祭典」ですよね。

 金子
 展示会では、お客さまとの交流だけでなく、他の産地の方との交流も大いに刺激となりますよね。以前、陶芸作家の方と組んで、私の人形を飾る台座を作ってもらったこともあります。異分野の視点から作品に触れてもらうと、私たちが気づかなかったような発見があります。だからコラボって大切。こうした試みもどんどん広げていけたらと思います。

 渡辺
これ(写真で渡辺さんが手にしている色紙額)、中に入っている色紙は地元・荒川区の寄席文字職人さんに書いてもらいました。私と同年代の女性です。

左から田邉、金子、渡辺の三氏。

 田邊
 かつて、お孫さんのために友禅で振り袖を作ったお客さまが、いつも身近に置いて眺めていたいからと、同時に、同じ着物をまとった市松人形を作ったんです。心温まるエピソードですよね。私は友禅に興味があるという方がいれば工房見学などを積極的に受け入れています。最近では着物に興味を持つ外国の方も増えています。伝統的工芸品の世界をもっと知りたいというニーズに一括して応えてくれる窓口的存在があればいいと思います。

 金子
 「人形のまち」として知られるさいたま市岩槻では2020年に「さいたま市岩槻人形博物館」がオープンします。日本文化の中に息づく人形の美や歴史を国内外に発信していく拠点となるとのことです。さまざまな機会を捉えて、私自身も木目込人形の魅力発信に取り組んでいきたいと考えています。
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
METIジャーナル、9月の政策特集は「現代を彩るTAKUMI」です。ご期待下さい。

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