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JAXA野田篤司さんに聞く、不可能を可能にするアイデアの育て方と議論の作法

シリーズインタビュー「企画」#7
 野田篤司さんは宇宙航空研究開発機構(JAXA)のエンジニアで、未来の宇宙利用について日々考える。例えば、今年8月に特許を出願しプロジェクトとして動きはじめた人工衛星の大きさはなんと10センチメートル角。しかもその衛星の中からさらに小さな衛星がたくさん出て色々な働きをする。この構想は20年ほど前から考えていた。また、10年ほど前から研究が始まり昨年12月に打ち上がった超低高度衛星「つばめ」に関わる技術課題の解決法は、チームでの長い議論の末、帰宅中の自転車をこいでいる時に思いついたという。そんな野田さんに、アイデアを上手に育んだり、難しい問題を乗り越えたりするための姿勢や議論の仕方について聞いた。

 組織には「企画会議」のような、考えを出し合ったり問題へのアプローチを検討したりする場が多くある。その際の「新しいことに取り組もう」という状況においても、斬新な視点や発想は否定的な反応をされがちだ。チームのまとめ役になることが多いという野田さんは、新しいアイデアに対して否定的な空気を作らないように注意を払う。例えば、議論の時に「禁句」にしているフレーズがある。それは誰もが言ったことのあるフレーズかもしれない。とくに部下を持つ方ならば…。(文・平川 透、写真・森住貴弘)

—普段はどのようなお仕事をされているのですか?

 研究開発部門システム技術ユニットというところで、未来の宇宙利用がどうなっているのかを考えている。ものすごく単純に言えば「未来の衛星のコンセプト」を作っている。5年から10年先の衛星やロボットを考えた時にどんなものができるか?ということの一番上流というか、最初の段階の設計を行っている。

—少し先の未来のために、今どのようなことを考えているのですか?

 今、「あれやってほしい」「これやってほしい」という色々な要望があるわけだけど、今の技術ではどうしても成立しないものがあって、ハードルになっているものはどこなのか明らかにして、どうやって乗り越えるかを考えている。

—今できないことの中にはどのようなものがありますか?

 例えば、地上を宇宙から見る時に、「頻度」と「解像度」を両立させることができていない。気象衛星「ひまわり」のように遠い距離から日本を見ると、常に日本を見ることができるけれど、分解能が極めて悪い。だから車が走っている様子などは見えないけれど、大雑把に台風がどこにあるかならわかる。逆に、低い高度で飛ばすと、高い分解能で見られるから、例えば「東名高速道路で車が何台並んでいるよ」ってところまでわかるかもしれないけれど、1日に数回しかその場所にまわってこない。

 高頻度かつ高い分解能で観測できるということが両立していない(もちろん、高頻度どころか連続で見られればそれがよいわけだけれど)。このような今の宇宙開発の単なる延長線上ではできないようなところに対して、どうやったらできるかを考えている。

野田篤司さん

—延長線上にないものに対して、どう考えていけばよいのでしょうか?

 先日ノーベル賞をとった本庶佑さん(京都大学教授)も言っていたけど、「教科書に書いてあることを信用しない」ということでしょうね。教科書には本当のことが書いてあるのだけれども、それが全てではない。

 教科書には、「今までの乗り越え方」が書いてあるわけ。「今までの人工衛星はこういう風に作られてきた」と。今まではそう解決してきたかもしれないけど、だからと言って教科書に書かれていないことが解決不可能かどうかっていうことは誰にもわからない。誰も考えていないことや、さらに難しい問題を解決する方法がないのか、ということを常に考える。

—教科書以外に答えがあるとすれば、その答えの探り方や考え方ってどうしたらよいのでしょうか?

 それは人それぞれでしょうね。ただ一つ思っていて欲しいのは、問題を「一人で考えているんじゃない」ということ。例えば、僕が何か考える時には、リーダー的な役割を担ってチームで考える。チームを編成して、みんなで「ここが問題だよね」とか「どうやって解決しようね」と考える場合が多い。そのような議論を延々とやって、だいたい答えは帰った後の風呂なんかで思いつく。

 例えば、去年の12月に打ち上がった超低高度衛星(SLATS)。10年くらい前に研究開発を始めたころ、みんなで延々と技術的な問題を考えていた。「やっぱりこの問題がどうしても解けないな」となって、「今日はもう解散にしよう!」となった。解散後、僕が自転車で帰っている時に答えを思いついた。

超低高度衛星(SLATS)「つばめ」(JAXA提供)

 次の日、僕が「思いついたよー!」って言って職場に入ったら、別の人が「(僕と同じ解決策を)僕は風呂で思いついた」って言うんだね。そういう感じで答えが見つかるパターンが多いね。

—議論の場で答えが出てくるのではないのですね。

 中国の諺にもあるし、英語圏だと「3B(Bus Bed Bath)」って言葉があるよね。緊張してみんなで議論した後に、緩和したときに答えが思いつく。

「とてもできないよ」「できるんじゃないですか?」


—ところで、思いついたらすぐにメモするのですか?

 思いついている時はどんどん浮かぶのでメモが間に合わない。一方で、考えてすぐに「これはダメだ」とわかるものも結構多い。だからメモするものはある程度寝かせる。

—どのようなメモをしているのですか?

 メモする時によく使っているのはパソコンで、画像編集ソフト(イラスト・マンガ制作ソフト CLIP STUDIO)で描く。どのようなメモをしているかというと、(パソコンの画面を見せながら)例えば「バブルカー」。

「バブルカー」のメモ

 いわゆる自動運転車。外側がウレタンで作られている。布団のようにふかふかな素材でできていて、時速15キロくらいで走る。自転車よりも遅いくらいのスピード。これだと自動運転だったとしても子供や老人が乗っていても恐怖を与えないでしょう?

 あと、これ(↓)も自動運転車の例だけれども、宅配用の三輪バイクの操縦する部分にパカッと機器を搭載すれば自動運転になるようなものが作れないかな?と考えたり。

三輪バイクに機器を後付けし自動運転車が実現するというアイデアのメモ

 これ(↓)は8月に特許を出願して公開できるようになったので見せられるけれど、小さな人工衛星。10センチ角の衛星で、この中からさらに小さな衛星が出てくるわけ。そして磁力だけで形を変えて飛ぶというもの。SDカードくらいの小さな衛星がわーっと飛んでいるイメージ。

18年8月に特許を出願した小さな人工衛星のアイデアメモ

—どういうことができる衛星ですか?

 例えば一つひとつがアンテナになってて、電波を出したり受けたりする。それがたくさんの数になると、巨大なアンテナや巨大なレンズと同一の働きをする。

 宇宙空間に巨大なものを打ち上げるとなると、今まではがっちりと形がかたまった骨組みを持ったものじゃないといけなかった。そうではなくて、骨をなくす。骨のある脊椎動物から逆走進化をしているようなもので、いわゆる単細胞生物の群体のようなものに形を考えている。ムクドリやイワシの群れのように、一個体ではできないことをたくさんの個体が集まって協調しできるようになる。

—このアイデアはいつ思いついたのですか?

 20年くらい前から、小さな衛星を集めて何かをやれないかなとは思っていた。でも集めて並べる方法が思いつかなかった。一つひとつがロケットエンジンを持っているというのがアイデアとしては一番簡単な解だけれど、実際に作るとなると複雑な機構で大変になる。

 磁力でできるのではないかと考えたのが去年の春くらい。若い人を集めてみんなで研究した。去年の9月頃に、僕が「磁力で引き合ったり離れたりさせることはできるけれども、横方向に制御したり回転させたりすることはとてもできないよ」とホワイトボードに描いて説明していたら、30代の若い人が、「できるんじゃないですか?」と言う。延々と議論をしていた。それから2週間後くらいに「これ解決できるぞ」って答えを思いついた。

「何の役に立つの?」はご法度、その二つの理由


—チームで議論する時に気をつけていることはありますか?

 僕の年齢が高いとこもあり、まとめる役が多いけど、議論は「フラットに行われるようにする」という風に気をつけておかないと、と思っている。メンバーは年齢差もあれば役職の違いもあるけれど、新しいアイデアの良し悪しを、その人の年齢や役職で左右させない。歳をとって役職のある人が出したアイデアに対して、若い人が「それは間違っている」と覆してもよい。

 それが一番心がけていることなのだけれど、要は「上の人がこう言ったからこうなのだ」という風潮にすると、若い人からよいアイデアが出なくなってしまう。

—具体的にはどういったことをやっていますか?

 議論の中で言っちゃいけないことがあって。例えば、「それは何の意味があるんだ?」「本当にそれが一番よい方法なのか?」「本当にできるのか?」などという発言はご法度。できるだけ肯定的な形で人の意見を認めるようにして、それを実現するにはどうすればよいか考えていく。

 よい提案でも悪い提案でも、何か新しい部分があれば「いいね」って答える。「それって何の役に立つんだ?」って聞かないで、「よいアイデアだけど、今すぐに何に使えるかはわからないから一緒に考えてみようか」と言う。

—「何の役に立つの?」って普通に聞いてしまいそうですが。

 「何の役に立つの?」って一番ご法度な質問ですね。理由は二つ。

 まず、「どういう意味があるのかはわからないけれど、何か面白いことを考えた」って人に、「意義」を説明させるのはすごく酷なこと。最初から意味のあるものを解決しようという目的で考えたアイデアの他に、何となく思いついて技術的には面白いのだけど何の意義があるかわからない、というものがある。

 もう一つは、価値観の違いが多いこと。新しいアイデアって、新しい価値観のもとにできることがあって、歳をとった古い人がその若い人の価値観を理解できない時がある。理解できないものに対して、頭から否定することは非常に危険ですね。

—最後に、宇宙開発の面白さを教えてください。

 新しいことができるということ。宇宙開発はどうしても国の方針になりがちでかたいものになってしまう。だから夢のようなことがなかなか実現できないのだけれども、一方でまだまだ技術者がやる余地がいっぱいある。発展途上の技術体系だから、新しい人が入って、新しいアイデアを出して、新しいものを作っていく余地がいっぱい残っている。
(次回後編)

【参考URL】超低高度衛星「つばめ」(SLATS)とは?
超低高度衛星技術試験機「つばめ」JAXA、年度内打ち上げへ|日刊工業新聞電子版

【略歴】のだ・あつし
1960年、愛媛県生まれ。早稲田大学院理工学部電気工学修了。1985年、宇宙開発事業団入社。2003年、宇宙科学研究所・航空宇宙技術研究所と統合し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)となる。主に筑波宇宙センターにて将来の人工衛星やロボットなど、宇宙で使うものを考え出す仕事をしている。

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きかく【企画】…新しい事業・イベントなどを計画すること。(新明解国語辞典第七版より)
辞書の説明にふんわりと沿う形で、色々な業界の方に「アイデアを生み出し、形にするために大切にしていること」「仕事で成果を出すために大切にしていること」などをインタビューしていきます。
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
野田さんは「創発考房」というあるユニークな会議室を作りました。どんな部屋でしょうか?作った意図とは?次回は「創発考房」を取り上げます。

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