ニュースイッチ

市民が支える“新しい科学” 研究者だけで進める以上の効果も

国と産業界に次ぐパトロンになれるか
 研究に一般市民を巻き込む市民参加型の科学が広がりつつある。スマートフォンでハチを撮影して日本全国の生態系を調査したり、先端デバイスの開発資金を市民から集めたりと、市民が研究開発に関わりやすくなった。国の科学技術政策は実用志向が強まり、好奇心を基に進める本来の「科学」が萎縮している感もある。市民は、国と産業界に次ぐ科学のパトロンになれるだろうか。そのためには“学ぶ”科学から“一緒に楽しむ”科学への転換が必要だ。

資金集め、どこも苦慮


 「基礎研究はある種のばくちだ。成果ゼロもある。そこに市民を巻き込むのはいかがなものか」−。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授は指摘する。

 実用研究でも萌芽(ほうが)的な研究は当たり外れが大きく、概念実証(POC)が済んだ技術は市民から集められる資金ではまかないきれないという課題があった。

 研究開発の成功率が低いからこそ、それを見極める力のある企業や国がスポンサーになってきた。そんな中、日本では研究財源の多様化が進められている。大学は国からの運営費交付金に依存しすぎないよう、産業界からの資金集めに奔走する。

 問題は産業界が支援しにくい基礎科学や学術研究の財源だ。すぐに稼ぎにつながらない「科学」を誰が支えるか、試行錯誤が続いている。

 京都大学iPS細胞研究所は2016年度に23億7000万円、15年度に24億7000万円の寄付を集めた。米国では大学への寄付が節税になるため企業が固定客になるが、日本では市民から広く集めるため常に新規開拓を続ける必要がある。山中伸弥所長は「マラソン大会を走るだけでは思うように寄付は集まらない。私の仕事の半分は寄付活動に当てている」と明かす。

 東京工業大学の大隅良典栄誉教授は大隅基礎科学創成財団を立ち上げて寄付を募っている。資金は基礎科学や若手研究者への支援に当てる。大隅栄誉教授は「寄付を通して科学に関わり、市民にとって科学を身近なものにしたい」という。

 一方で「寄付はノーベル賞受賞者など有名人が看板にならないと集まらない」という声も少なくない。IoT(モノのインターネット)デバイスの開発資金をクラウドファンディングで集めた研究者は「未来的な製品イメージをみせないと資金が集まらない。だが期待をあおりすぎると成果物とのギャップに憤慨されクレームにあう」と漏らす。

 資金調達の実績作りのために目標額を低くすると中途半端な試作品に留まってしまう。参加者を多く募るほど、市民への説明が研究者の負担になり、クレームを受けるリスクも高まる。

 大型研究を指揮する東京大学宇宙線研究所の梶田隆章所長は「(市民からの資金が)メーンにはならないだろう。国の支援は欠かせない」と指摘する。国の研究資金配分機関と市民、どちらが科学にとって良いパトロンになるのか。ノーベル賞受賞者でも苦労する現状では、金額とプロジェクト管理の点で研究資金配分機関に軍配が上がりそうだ。
              

隙間時間で古文書解読


 この状況を変えるかもしれない兆しもある。研究資金でなく市民から労力を募るクラウドソーシング型の取り組みだ。市民の好奇心をモチベーションに、隙間時間などを利用して研究に参画してもらう。

 京都大学古地震研究会(中西一郎京大教授主宰)は「みんなで翻刻(ほんこく)」プロジェクトを進める。古文書「地震年代記」などの史料をウェブ上で協力して解読する取り組みだ。市民が休日や平日の手の空いた隙間時間を使って、古文書のくずし字などを現代のテキストデータに直していく。

 参加登録者数は5日昼現在で3965人、その内317人が実際にテキストデータを入力した。17年1月からの総入力文字数は442万1127文字で、史料429点の解読が完了した。京大の加納靖之助教は「これだけの規模の文字起こしは過去にないだろう」という。

 ウェブ上では昔の文字の読み方を学べるように工夫した。例えば「ま(満)」であれば「まこと」「はかま」などの表記例や使われ方の解説を学習できる。加納助教は「参加者は防災意識が高い方というよりも、古い文字の読みかたを勉強したい人の方が多い印象だ」と振り返る。

 史料には被災地域と死者数などの数値情報だけのものや、けがを克明に記した生々しいものもある。参加者は翻刻を通して昔の被害状況や復興、当時の災害の捉え方などを知ることになる。災害を自分の身に置き換えて考えるようになるため、危機啓発とは違った防災意識の喚起につながるかもしれない。
(「みんなで翻刻」の学習ページ=京大提供)

ハチの国勢調査、スマホで撮影し生息分布を推定


 東北大学と山形大学の研究チームは13年から「花まるマルハナバチ国勢調査」を進めている。市民がスマートフォンでマルハナバチを撮って画像を送ると、生物種や位置データを集計して全国の生息分布を推定する。研究者が個人で調査する場合は特定の高原や山など、地域を絞って調査することが多かった。市民の協力で日本全国を調査できた。

 東北大の大野ゆかり研究員は「歴史の長いデータベース『地球規模生物多様性情報機構日本ノード』(JBIF)の約2倍のデータが集まった。17年には日本に生息するマルハナバチ全種のデータがそろった」と胸を張る。

 海外では野生ハチ類は森林面積が大きいほど生息に適しているという研究が多かったが、日本はもともと森林面積が大きいため、里山などの中程度の森林面積の環境がトラマルハナバチなどに適しているとわかった。

 市民の力で生き物の増減動向を把握できれば、地球温暖化などの環境変化に身近な生態系が影響を受けているかわかる。草木や農作物の花粉を運ぶ昆虫への関心も高まるかもしれない。河田雅圭東北大教授は「市民参加調査はマルハナバチに限らない。地域の観光や名産品を支える資源として生態系に目を向けるきっかけになる」と期待する。

 筑波大学の白川英樹名誉教授は小中高生への理科教室への応用を期待する。先生から科学を教わるだけでなく、日常的に研究に参加できる環境があれば生徒の意欲を引き出せる。白川名誉教授は「工夫しだいで科学に触れる機会は広げられる」という。市民参加によって研究者だけで進める以上の効果を狙えるようになりつつある。
                    

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2018年4月6日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 〝科学〟はこのまま萎縮してしまうのか、時間はあまり残されていないように思います。小中学校の教育は子どもの好奇心を伸ばすよう工夫されてきました。実際PISAでは日本は世界トップクラスで「マス(社会)として、これ以上、科学リテラシーを伸ばすのは実質不可能でないか」という声に説得力があります。この公教育に課題解決が導入され、小さな頃から役に立つことが求められる場面が増えています。実用志向の世代が育っていっても、好奇心駆動の科学はいまの規模を保てるでしょうか。  さらに多くの子どもは受験戦争で探究する楽しさを失ってしまいます。科学がただの競争の道具になってしまいます。自然科学に限らず、人文社会科学も同じ問題を抱えています。市民を巻き込み、ともに発展する形を作れないとジリ貧のままです。研究室で「この研究の面白さは一般市民にはわからない」というのは簡単です。学術研究の先生たちは、市民の面白さの中に新しい科学を見いだす努力を始めた方が良いと思います。実用志向の研究者が企業の現場課題に基礎科学を見い出した例は増え始めています。

編集部のおすすめ