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ガラパゴスの象徴「フェリカ」、iPhone標準搭載で世界進出に芽

逆に国内は海外の新興勢力が手を伸ばす
ガラパゴスの象徴「フェリカ」、iPhone標準搭載で世界進出に芽

日本でもICカードを使ったキャッシュレス決済の普及が拡大している

キャッシュレス化に向けた取り組みが国内で活発になっている。QRコードなどさまざまな決済方式の普及が見込まれると同時に、この動きは国内で主流の電子マネー技術「FeliCa」(フェリカ)の地位を脅かす懸念もある。ただ訪日客は年々増加しており、これまでフェリカを使ったことのない外国人が経験する機会も増えた。高い利便性を持ちながら“ガラパゴス”の象徴の一つとされてきたフェリカ。存在感を示せるか。

 ICカードなどに搭載されているフェリカは、ソニーが開発した非接触式ICカード技術。1996年に出荷を始めた。処理スピードの速さや高セキュリティー、複数のアプリケーション(応用ソフト)を組み合わせられる点などが利点だ。

 楽天系の「楽天Edy」(エディ)、イオンの「WAON」(ワオン)、セブン&アイ・ホールディングスの「nanaco」(ナナコ)といった流通系ICカードのほか、JR東日本の「Suica」(スイカ)といった交通系ICカード、携帯電話をかざして決済する「おサイフケータイ」などに採用されている。ICチップの出荷数は、17年9月末で累計約11億2700万個を達成した。

 ただし、利用されているのはほとんどが国内にとどまり、海外向けの出荷比率は2割程度に過ぎない。

 実はグローバルの非接触式決済市場では、マスターやビザが採用する「NFCタイプA/B」が主流。フェリカは国際標準規格を取得できなかったことに加え、技術力の高さゆえの過剰性能、読み取り端末の設置コストなどが普及の障壁となった。そのため長年ガラパゴス化の象徴とされてきたが、ここへ来て海外普及のチャンスが芽生え始めた。

 転機は17年に米アップルが発売したスマートフォン「iPhone8」(アイフォーン・エイト)、「同X」(テン)に、フェリカが搭載されたことだ。iPhoneへの採用は16年から始まっているが、日本モデルにとどまっていた。

 しかしiPhone8からは世界標準モデルに搭載され、主要な電子マネーに対応。訪日外国人も手持ちのiPhoneで決済できる。JR東日本によれば、16年のiPhoneへのフェリカ採用から約1年間で「モバイルスイカの会員数が約99万人増え、約20%増となった」という。

 フェリカを手がけるソニーは、これを機に海外展開を積極化している。外国人の訪日時にフェリカ利用のメリットを感じてもらい、海外での採用拡大につなげたい考えだ。海外で流通するICカードやモバイル端末などへの採用を働きかけるほか、旅行会社などと連携し、訪日客がスムーズにフェリカを使えるような仕組みの構築も視野に入れる。

 ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズフェリカ事業部の小林豊明副事業部長は、「(iPhone8、Xへの採用で)海外アプローチのベースラインができた。大きな変化点だ」と胸を張る。

 この動きは政府が進める鉄道インフラ輸出とも連動する。ベトナムでは採用に向けた協議を継続中で、インドやミャンマーを含めアジア諸国への提案を強化する。JR東日本も「IC乗車券や電子マネーのノウハウのうち、何が海外で活用できるかを見極めて可能性を検討する」(広報)方針だ。海外展開の拡大に向けて、布石は打たれた。
 

手を伸ばす中国、狙いはデータビジネス


 フェリカの海外参入の機会が高まっている一方、国内は海外の新興勢力が手を伸ばす。政府は20年までに、外国人が訪れる主要な商業施設や宿泊施設、観光スポットでのクレジットカードやIC決済に完全に対応するため、決済端末の設置を働きかけている。16年に20%だったキャッシュレス決済比率を、27年に40%まで高める方針だ。

 そこで拡大が見込まれるのが、中国を中心に利用者が急増中のQRコードを使った決済方式。スマホの画面や、店頭のレジに表示したQRコードを読み取って決済する。代表格は中国アリババが展開する「支付宝」(アリペイ)や、同テンセントの「微信支付」(ウィーチャットペイ)だ。

 野村総合研究所の田中大輔上級コンサルタントは、「中国ではスマホやネットの普及と若者人口の多さなど、タイミングが重なり、QRコードが爆発的に普及した」と分析する。中国からのインバウンドを見据え、国内でもイオンやローソン、家電量販店、百貨店など小売業を中心に、対応が拡大している。

 アリペイやウィーチャットペイは日本だけでなく、東南アジアへの進出をもくろむ。ただし決済手数料でもうけるのが目的ではない。その狙いはデータを活用したプラットフォームビジネスだ。

 決済を押さえることは、消費者との接点を押さえることだ。すでに世界の多くの事業者が、決済そのものではなく、支払う行動から得られるデータに価値を見いだしている。アリペイなどが積極展開するのも、「ユーザーの個人情報を得てビッグデータ(大量データ)を活用し、ビジネスにつなげる狙いがある」(田中上級コンサルタント)。

 もちろん、国内の各事業者も狙いは同じだ。JR東日本は13年に情報ビジネスセンターを立ち上げ、情報ビジネスを推進。「スイカから得た統計情報を活用し、店舗開発などに役立てている」(広報)。

 キャッシュレスの決済プラットフォームをどこまで広げて利用者を増やせるかは、将来のデータビジネス競争をも左右する可能性がある。

 普及拡大に向けて動きだしたフェリカ。だが、国内では電子マネー業者が乱立して、それぞれの囲い込み戦略から抜け出せないでいる。

 決済システムもそれぞれ個別に構築する必要があり、このままでは新しい決済方式にシェアを奪われる可能性もある。「各社の垣根を越えて新たな仕組みを作れるか、流通業者なども巻き込んで議論する必要がある」(田中上級コンサルタント)。
(文・政年佐貴恵)
日刊工業新聞2018年4月5日
政年佐貴惠
政年佐貴惠 Masatoshi Sakie 名古屋支社編集部 記者
国内のフェリカ利用のシェアが縮小すれば、インバウンドを狙ったフェリカのグローバル展開にも影響が出る。そうなれば消費者の決済行動を元にしたデータビジネスに乗り遅れ、次世代の事業展開が難しくなることも考えられる。キャッシュレス化の波は単なる決済方式の転換だけでなく、さまざまな課題をはらんでいそうだ。

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