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震災7年、“陸海の目”を防災に生かせ

震災7年、“陸海の目”を防災に生かせ

「ちきゅう」で海底を掘削、センサーを設置し地震予測の精度を高める(海洋機構提供)

 甚大な被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災から7年。国は海域で発生する地震や津波を観測する大規模な海底観測網の設置を推進。現在は陸域の観測網と統合して運用している。世界に類を見ない広範囲に連続する地震観測網は、地震や津波発生の早期検知、情報伝達の迅速化など防災に役立ち、地震研究の発展を後押ししている。

予測データ即時に伝送


 東日本大震災を受けて防災科学技術研究所が整備した「日本海溝海底地震津波観測網(S―net)」は北海道沖から千葉県の房総半島沖に広がる。

 150カ所の地震計や水圧計などの観測データを光海底ケーブルで陸上に伝送し、リアルタイムで監視が可能だ。 

 海洋研究開発機構は地震の規模を示すマグニチュード(M)で最大9規模の巨大地震が起こるとされる南海トラフ地震の震源予想域の紀伊半島沖から室戸岬沖に「地震・津波観測監視システム(DONET)」を設置。現在は防災科研に移管し、運用されている。

 防災科研は95年1月の阪神・淡路大震災の発生後、陸上に高感度地震観測網「(Hi―net)」など4種の地震観測網を整備してきた。

 現在、微小な地震やゆっくり揺れる高周波地震など多様な振幅、周波数の地震を測定する体制が整った。これらにS―net、DONETと基盤的火山観測網(V―net)を統合した「陸海統合地震津波火山観測網MOWLAS(モウラス)」を17年11月から運用している。防災科研の青井真地震津波火山ネットワークセンター長は「地震現象は陸域、海域でつながって起こる。シームレスに観測できる意義は大きい」と話す。

 モウラスは、観測データを遅延時間0・5秒程度とほぼ即時に気象庁や防災科研など必要な機関に伝送する。従来の地上からの観測に比べ、気象庁の緊急地震速報の発表を10―20秒、高精度な津波発生予測は20分程度早められる。

 気象庁は地震発生後3分をめどに、津波警報を発表するが、これは地震規模などに基づく推定によるもの。いつ、どこに、何メートル規模の津波が来るかは、地震の発生位置や規模が確定しないと予測できなかった。

 これに対しS―netなどの海底観測網は、沖合での実際の津波観測結果に基づき到達を予想するため、精度が格段に高まっている。
                  

海底プレート地震、解明へ一歩


 観測網の充実は、地震研究の発展をもたらしている。防災科研の青井センター長の調べでは、13年秋に日本地震学会で発表された研究の3割が陸・海域観測網データを使い、地震活動や強震動の地盤観測などに限ると過半数を占めた。

 観測網データは地震研究だけでなく、耐震工学など多分野で貢献している。観測網による実データの充実で、シミュレーションにおける入力地震動のデータの精度が上がり、信頼性を高められる。

 津波が内陸へさかのぼる現象の即時予測技術の開発も始まった。青井センター長らは内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)で、S―netの観測データを使い、陸に津波がどう上ってくるか、浸水分布などを数分以内に予測することを目指す。

 事前にシミュレーションした津波シナリオから、実際に沖合で観測した津波に近いシナリオを即時に選択・予測する。現在、千葉県外房地域を対象に、システム構築を進めている。

 巨大地震の予測の可能性も見えてくる。海底のプレート境界付近で起こる地震の詳細なメカニズムは解明されていないが、観測データの充実で地下の地震発生場の理解が進んできた。

 東京大学地震研究所の平田直教授は、「どうしてプレート境界で地震が発生したか、その具体的なプロセスを理解することが地震発生予測の第一歩だ」と話す。

 観測網の整備以前、地震が発生した正確な位置の特定は困難だった。水平方向はある程度予測できても、深さ精度は特に悪く、実際には深さ10キロ―20キロメートルの地震が、見かけ上は深さ100キロメートルで発生したようになっていた。

 「精度の向上でプレートの状態についてようやく議論できるようになった」(平田教授)。プレート境界の強度や力の分布など、地下の構造が3次元で分かり、再現できれば予測につながる可能性がある。
Hi−netで観測した地震の震源分布(防災科研提供)

過去の地震解析「理論作る」


 飛躍的に進んだ海域での地震観測だが、まだ十分とはいえない。現在の観測網は日本海溝と南海トラフの一部領域で、高知県から宮崎県沖にかけた西側領域の設置は進んでいない。南海トラフ巨大地震に備え、整備が求められているが、数百億円程度かかるとみられ、早期実現は難しいのが現状だ。

 さらに、海域での観測は設置環境により使える機器も限られ、「陸域と比べると、まだまだ開発が必要な段階」(青井センター長)。このため、海洋機構は観測精度を高めながら設置コストを抑える観測機器や手法の開発を進めている。多点展開できるよう、大規模な掘削工事なく容易に設置できる海底下の浅い領域で、地殻変動を連続監視するシステムの構築を目指す。

 DONETの高度化も進む。海洋機構は水深2000メートルの海底から現在のセンサーの設置場所の5倍の深さの約5000メートルまで掘削してセンサーを設置し、地震を高精度・リアルタイムで観測するシステムを19年3月までに構築したい考えだ。

 センサー設置に先駆け、18年秋にも地球深部探査船「ちきゅう」を利用し、南海トラフでの掘削作業を行う計画。海洋機構の平朝彦理事長は「5000メートル掘れば地震の発生地点に大きく近づける。地震発生の早期通報や予測精度の向上につながる」と期待する。
(文=曽谷絵里子)
日刊工業新聞2018年3月9日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 防災対応に向けては膨大な地震観測データの処理にAI(人工知能)を活用し、必要な情報の抽出を自動化するといった取り組みが進む。地震のメカニズムが未解明でも、大量のデータを使うことで地震発生のパターンを解析し、防災に役立てることが期待される。  ただ、地震予測に使うには、「機械学習でモデル化するほどのデータがない。まず理論を作る必要がある」(平田教授)。大地震は100年に1度程度。特定の地域で見れば頻度はさらに低い。モデルを考えるには、過去の地震発生時の情報を解析するとともに、より高密度な観測網での詳細な観測データが必要となる。 (日刊工業新聞科学技術部・曽谷絵里子)

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