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単純ミス連発、あいさつできない…“大人の発達障害”どう向き合う

単純ミス連発、あいさつできない…“大人の発達障害”どう向き合う

本人が意図しないうちに仕事を抱え込んでしまう(イメージ)

 “大人の発達障害”として「自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群」(ASD)や「注意欠陥多動性障害」(ADHD)などが近年、話題にのぼるようになった。「あいさつができない」「コピーが取れない」「何度注意しても単純なミスを繰り返してしまう」―。これらの人たちは普通の人が簡単、当たり前にできることができない。だが、能力のバランスがいびつなだけで、適性のある仕事では高い力を発揮する。コミュニケーション能力や協調性にたけたジェネラリストを高く評価する日本の職場で、どうすればこうした能力を生かせるのか。

異なる「得意技」、生産性につなげる


 昭和大学発達障害医療研究所の加藤進昌所長は「ASDとは、“心の目”が見えない病気だ」と表現する。相手の表情や口調、言葉のニュアンスから真意を読み取る能力が低いが、数字などに強いこだわりを示し、知的障害を伴わないアスペルガー症候群は学力は平均以上という特徴もある。社会では、このアンバランスな特性を生かせない場面が多い。

 例えば、こうした非言語のコミュニケーションが苦手な社員に電話番をさせたとする。電話応対は簡単なようで、相手の口調や話し言葉から多くの情報を察することが要求される。ASDの社員はこれに大きな負担を感じる一方、上司は部下の基本スキルの伸び悩みに頭を抱える。結果として職場にストレスがたまってしまう。

 一般的に基本とされる業務の遂行は難しいが、こだわりの強さを生かすことができる部署では能力を発揮する。加藤所長は「ASDの人は、曖昧さが少ない仕事が非常に得意。プログラミングやデータ入力、システム管理など、できることがたくさんある」と強調する。

 落ち着きがなく次々と関心が移ってしまう、忘れ物が多いといった特徴が子どもの頃から継続して現れるのがADHDだ。ADHDの人は、書類作成や電卓を使った計算、コピーを取るといった基本業務でミスを繰り返してしまう。

 しかし、多様な事に関心を持つ点を発想力として生かせれば、活躍の場が見いだせる。NPO法人えじそんくらぶ(埼玉県入間市)の高山恵子代表は「ADHDの人はアイデアマン。イノベーションを起こすエンジニアや、独創的な企画の発案者になれる」と話す。

 しかし日本の多くの企業では、自分のアイデアを提案する段階にたどり着く前に、社会人としての基本的スキルで評価される。そのため、ADHDの人たちは能力を発揮する前に、つまずいてしまう。

 湘南ゼミナールオーシャン(横浜市西区、志賀明彦社長)は、湘南ゼミナールの特例子会社として、精神・発達障害に特化した障害者支援に取り組んでいる。マネージャーの前山光憲氏はこれまでの5年間を振り返り、「健康に働き続けてもらう中で、従業員のスキル向上を実感している。十分戦力となっている」と話す。

 湘南ゼミナールオーシャンでは0から何かをつくる発想力を生かし、ADHDの従業員に業務マニュアルの作成を割り当てた。その結果、マニュアルがあることで他の従業員も安心して業務を遂行できるようになり、職場に良い影響をもたらした。従業員の特性に向き合い、試行錯誤の中で全体の生産性向上に成功した事例だ。

 しかし発達障害者の人材活用ノウハウがない一般の企業に突然そうした人が入ってきた場合には、現場管理者に負担がかかることが予想される。前山氏は「従業員の能力を生かす視点は発達障害に限ったことではない。能力を引き出して生産性につなげるマネジメント力が、現場管理者の評価につながるといいのではないか」と提案する。
                           

能力を発揮させる職場の理解が必要


 能力のバラつきを個性として生かすことは生産性向上のために有益だが、実際に適性に応じて配置換えをすると「わがままを許しているのではないか」「他の従業員から不満が出ないか」という心配が経営者から出てくる。

 これに対し、多くの企業から相談を受け、解決策を提案してきた精神科専門医で認定産業医の渡辺洋一郎氏は、「適性に合った異動先で活躍する事例を目の当たりすると、周囲はかなり好意的に受け取る」と話す。能力を発揮してもらうと生産性の向上につながるうえ、職場のストレスが軽減するからだ。

 しかし、職場のこうした問題にアドバイスができる精神科領域の産業医が少ない現状がある。専門の産業医へのアクセスが難しい場合は、各都道府県の産業保健総合支援センターが実施しているメンタルヘルス相談日などを利用するといいかもしれない。

 渡辺医師は、発達障害傾向にある部下について相談を受けた場合、まず相互理解を得られるよう上司と従業員を含めて面談をする。「従業員が発達障害かどうかを診断することは、職場の問題の解決にはならない」と話す。

 そして、知能や数理能力、手先の器用さなどを測る「一般職業適性検査」を実施し、従業員の適性を精査する。その結果をもって、適性のある仕事ができる部署への異動を、人事担当者や管理者に検討してもらうなどの提案をする。

 採用時には簡単な検査や数回の面接で適性を判断するため、配属した部署で本人の適性と合っていないことが分かってくることがある。「ジョブマッチングのために面談や配置換えといった対応を柔軟にとることは、職場のストレス軽減や全体の生産性向上にプラスに作用する」(渡辺医師)。

 病気で長期休養を取っている人の8割がメンタルヘルスに問題を抱えていると言われている。発達障害の人たちも例外ではなく、企業による足並みをそろえる人材育成から脱落し、精神を病むケースがある。「働き方改革」が進むが、残業時間の削減や有給休暇取得などの数値目標をやみくもに達成しようとしてもメンタルヘルスの問題は解決せず、人材の有効活用にはつながらない。
(文=安川結野)
日刊工業新聞2018年1月23日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「発達障害の人たちの適性を正しく評価することは人の個性を生かすという考えの延長線であって、特別なことではない」。今回の取材では全員が同じ事を訴えていた。従業員の適性を判断して高いパフォーマンスを引き出し、組織全体の生産性につなげていく能力が、経営者や管理者に求められる。 (日刊工業新聞科学技術部・安川結野)

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