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海外の知財リスクにどう対処する?

もはや中小企業にとっても人ごとではない
 グローバル経済の進展を背景に、海外で知的財産訴訟に巻き込まれる恐れが強まっている。中でも世界一の特許出願国である中国ではそのリスクが顕著だ。2016年の中国における知財民事訴訟件数(著作権訴訟を含む)は12万6531件。右肩上がりで増え続けており、この5年間で2倍以上に膨らんだ。16年に日本国内で発生した火災事故件数(3万6831件)の3倍超に相当する数字であり、訴訟リスクの大きさは一目瞭然だ。

いたちごっこ続く海外の権利侵害


 進出先の国で悪意有る外国企業にブランドや社名などを先に権利化され、権利侵害を指摘する警告状を突きつけられたり、訴訟を提起されることはたびたびある。とりわけ商標が目に付く。過去、中国で起こった日本の人気アニメ「クレヨンしんちゃん」の商標をめぐる訴訟は大きな話題を集めた。

 他社からの許諾料や譲渡対価の取得を狙ったり、社会に広く認知されている商標を使用許諾を得ていないことを認識しつつ、類似商標を登録出願したりする不正目的の行為は許されるものではない。偽物の流通や誤った知識が広まるのを防ぐため、特許庁も各国と連携して対策に本腰を入れているが、いたちごっこは続く。

 係争の種はどこに転がっているか分からない。A社は海外の展示会に出展した際、展示品の技術やデザイン、名刺、パンフレット記載の社名や製品名が第三者の権利を侵害していると訴えられた。他方、B社は裁判で販売・生産の停止命令を受けた結果、納入先への部品供給が滞り、契約解除のみならず、機会損失による損害賠償請求を受けた。

 争点が微妙なほど、裁判には時間とカネがかかる。ゆるキャラ「ひこにゃん」の著作権と商標権をめぐる原作者と彦根市の知財訴訟合戦は、2007年に始まり、和解に至るまで5年以上を要した。これが海外になると事情が複雑になり、訴訟や係争などトラブル対処コストが高額になりがちだ。和解の道も探りにくい。中小企業では、多額の費用を用意できず、事業撤退や経営破綻に追い込まれかねない。
中国の知的財産権に関する民事一審事件の推移(日本貿易振興機構)

知財係争への対応をサポート
 そこで特許庁は2016年度に、知財係争に巻き込まれた企業を助ける「海外知財訴訟費用保険」を創設した。弁護士報酬や鑑定費用などを一部保険でカバーできる。

 引受保険会社である三井住友海上火災保険公務開発部開発室の平賀智氏は「サイバー攻撃と同様、知財訴訟は企業にとってのニューリスクだ。訴訟に巻き込まれたら知財に精通した専門家とスクラムを組まないと負けることが多い。ただ、著名な弁護士ほど報酬は高額だ」という。

 特許権、実用新案権、意匠権、商標権と異なる種類の知財権の抵触についても留意する必要がある。急増する知財訴訟。「経営戦略と知財戦略を紐付け、自社の権利をしっかり守って欲しい」と平賀氏は指摘する。

【用語説明・海外知財訴訟費用保険】日本商工会議所、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会が運営。会員・加盟企業が応募できる。引受保険会社は損保ジャパン日本興亜、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険。中小企業が保険に加入する場合、掛金の2分の1を国が補助する(2年目以降の場合は、掛金の3分の1)。例えば三井住友海上保険の場合、支払限度額500万円、1000万円、3000万円、5000万円の4プランを用意している。

知財貢献度は100%


 ジュエリー・アクセサリーの輸入・製造・販売を手がけるクロスフォー(山梨県甲府市国母)は徹底した権利保護を経営戦略に織り込んでいる。ダイヤに十字の輝きを持たせる「クロスフォーカット」、宝石がわずかな振動で揺れることにより周囲の光を多く反射して輝く「ダンシングストーン」という独自技術を持ち、ジュエリー業界の風雲児として世界で存在感を高めている。今年、ジャスダックに株式上場(IPO)し、一層の飛躍期を迎えている。
わずかな振動で周囲の光を多く反射して輝く「ダンシングストーン」

わずかな振動で周囲の光を多く反射して輝く「ダンシングストーン」
 数々の発明を生み出してきた土橋秀位社長は「知財は運用して初めて価値が出る。当社の経営への貢献度は100%」と断言する。2010年にダンシングストーンを開発した際、「世界的な発明で、必ずマーケットを創造できると感じた」。発売後しばらくは在庫の山を抱えていたが「5年もするとその在庫が消えた。2、3年前からはものすごい量が世界で流通するようになった」という。

 成長の原動力が海外でのOEM(相手先ブランド)事業だ。国内ではネックレスなど完成品を販売するが、海外では製造方法を伝授し、装飾品保持具などコアパーツを供給するビジネスモデルを取る。パソコン向けの中央演算処理装置(CPU)を供給する米インテルを想像すれば分かりやすい。クロスフォーは特許使用料を1~2%と低水準に抑え、仲間作りを優先。200社程度と契約している。

ロイヤリティの支払い求める


 人気上昇と比例する形で、模倣品がはびこる。「最初に取引先からコピー商品が持ち込まれた時には怒りを覚えたが、消費者から評価されていることの裏返し。模倣品業者だって心を痛めながら作っているはず。ロイヤリティの支払いは求めるが、相手を追い込むようなやり方ではなく、話し合いで課題解決を図ろうとしている」と土橋社長は明かす。ロイヤリティを低く設定しており、提案に応じる企業は多いという。

 宝石を留める保持具の意匠を中心に発明は特許や実用新案、商標とすべての分野で権利化するのが基本方針。国内外200件超の出願、登録があるという。2015年には特許庁の「中小企業等外国侵害対策支援事業」を活用し、コピー商品の実態調査を実施。さらに中国の総合法律事務所と業務委託契約を締結した。模倣品販売業者には時間をかけずに権利侵害を通知し、係争の早期解決を図る。
クロスフォーの土橋社長

 クロスフォーの成長は地域経済、雇用にも好影響を及ぼしている。山梨県には1000年前に水晶が発見されて以来、宝飾品技術が地元企業に根付く。クロスフォーの加工外注先は50~80社程度にのぼる。こうした協力企業と共生し、雇用のすそ野を広げている。「独自技術を生み出すのは大変だが、絶対諦めてはいけない。可能性を信じ続けることが大切。失敗を恐れて行動を起こさないことが最も良くない」と土橋社長。甲府発世界ブランドの輝きは増す。
尾本憲由
尾本憲由 Omoto Noriyoshi 大阪支社編集局経済部
パソコンにウイルス対策ソフトが必須なのと同じように、企業経営に知財リスクへの対応は欠かせない。海外展開ともなれば尚更だろう。自分の身は自分で守るしかないのだが、そのためのコストを聞くとため息がでそう。

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