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起業後進国・ニッポン、高校までに“ベンチャースピリット”を育む教育を

VECが「ベンチャー白書2017」まとめる
 ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)がまとめた年次報告「ベンチャー白書2017」では、2016年度の日本のベンチャーキャピタル(VC)による国内外の総投資額は1529億円と前年度比17.4%増となった。国内向けでは同24.9%増と着実に増加。だが、圧倒的な伸びを示す米国や中国などの海外勢と比べるとその差は歴然で「日本の大きな課題」(市川隆治理事長)だ。人材や技術、資金面などの環境整備を進めたオープンイノベーションの加速が日本経済に求められている。

 VECは日本に法人格があるVCなどに対して「2016年度に行ったベンチャー企業への投資」をテーマにアンケートを実施し、114社から回答を得た。それによると、2016年度の総投資額は前年度比17・4%増の1529億円、投資先件数は同19・4%増の1387件だった。

 投資金額はリーマン・ショックの翌年度(09年度)で底を打ったのを機に、現在は回復傾向にある。政府や関係機関がスタートアップ企業に対する支援に乗り出したり、事業会社がベンチャー投資を積極的に実施したりしていることなどが背景だ。

 国内向け投資額は前年度比24・9%増の1092億円となり、13年度以降は堅調な伸びを示す。投資件数は1108件と同16・1%増えた。

 業種別でみると金額ベースで「IT関連(パソコン・モバイル・通信など)」が約半数を占め47・0%。次いで「バイオ、医療、ヘルスケア」が23・5%。「IT関連」は、金融とITを融合したフィンテックやIoT(モノのインターネット)、人工知能(AI)といった成長分野の投資がけん引したが、前年度から4・9ポイント下落し「アプリを含めスマホへの投資はほぼ一巡した」と見る向きも多い。

 一方、1件当たりの平均投資金額が大きい「バイオ、医療、ヘルスケア」は4・8ポイント増加と伸びが目立つ。17年度の国内ベンチャー投資額について、市川隆治理事長は「今後も着実に増えると見ている」と分析する。

 日本のVCによる海外向けの投資は2・4%増の429億円だった。北米、欧州への投資が増加したが、中国への投資は減少した。米国向けはコンピューター、バイオ関連が増えた。欧州向けは、15年度は「IT関連」のみだったのに対して16年度は「バイオ、製薬」「金融・不動産、法人向けサービス」が加わり、業種の広がりが見られた。

 米国、欧州、中国、日本の4地域におけるベンチャー投資を国際比較すると、日本(1529億円)は海外を大きく下回る。米国は7兆5192億円。中国は2兆1526億円、欧州は5353億円と続く。米国は前年をピークに金額・件数ともに減少したが、全米で急成長を遂げつつあるスタートアップ企業の新製品開発に向けた投資が旺盛。他の地域は横ばいだった。

 ベンチャー白書は「ベンチャー企業と大企業のコラボレーション(協働)」を特集。日本では資金力のある大企業とベンチャー企業との連携を支援する外部の支援会社(アクセラレーター)の活用が増えている。特集では、アクセラレーターの具体的な業務内容や、スタートアップ企業と大企業の事業立ち上げなどの実例を紹介。ベンチャー企業に参画する大企業の従業員の意識改革や人材育成の重要性、大学院・大学卒業者のベンチャー企業への関心度合いなどにも言及。事業創出や事業成長を通じて「産業のイノベーションを促進することが日本経済の大きな課題」(VEC)という。

VEC理事長・市川隆治氏に聞く


 ―米国など海外に比べ、日本ではベンチャー投資規模が見劣りしますが、その原因は。
 「日本で起業を目指す人の数が少ないのが問題だ。残念ながら起業は成功率が低くハードルが高い。起業に関する日本の規制もややこしい。米国ではグーグルといった大成功した企業の裏に失敗した会社も山ほどあるが『失敗を糧に再びベンチャーに挑戦する』といった気概が米国のシリコンバレーに根付いている。そういった雰囲気を創出するには起業する若い人材が数多くいなければ成り立たないが日本はない」

 ―解決策はあるのでしょうか。
 「長期的には、日本の教育改革と労働市場の柔軟化の2点が挙げられる」

 「まず、教育については、高校までに“ベンチャースピリット”を育む教育へ改革する必要がある。自分で課題を見つけ、それを解決するためにはどのような仕組みが必要か、どのような製品があったらいいか考えることが大切だ」

 「また、労働市場の柔軟性を高め、転職は当たり前という社会にする必要がある。一度社会に出ても、起業に挑戦できるような環境整備が必要だ」

 「短期的には、大企業とベンチャー企業の協業が日本経済の活性化にとって非常に重要だと考えている。これまでの大企業はとがった起業家に対して、いかに倒れないように支援するか、という考えが中心だった。それも大切だが、実はそれ以上に、とがったベンチャー起業の突破力を大企業がうまく活用して、大企業自らの成長に取り込んでいけるかがカギ。まさにオープンイノベーションの実現であり、これからの日本企業の命運が決まってくる」

 ―大企業とベンチャー企業がうまく協働するには、どうしたらよいですか。
 「ベンチャー企業を下請け扱いせず対等なパートナーとして付き合うこと。スピード感や文化も違う両社が不信感を生まないためにも相互理解が大切だ」
 
 「具体的な協業の進め方を指南する仲介支援会社がある。ベンチャーは大企業に販路拡大やM&A(合併・買収)などを期待する一方で、大企業はベンチャーが持つ新技術や製品・サービスなどを期待してコラボが成立している」

 「両社が期待し合う領域でイノベーションを生み市場創造を実現するために、高度な専門知識・経験を持つプロフェッショナルな仲介事業者の存在は今後ますます重要となるだろう」
ベンチャーエンタープライズセンター理事長・市川隆治氏

(聞き手=山下絵梨)
日刊工業新聞2017年11月20日
加藤年紀
加藤年紀 Kato Toshiki
 日本の起業のハードルは、本記事にあるように教育の部分が大きいと感じる。学校ではもちろん世の中全体からも、良い企業に行くことが良い人生だ、と教えられてきた。海外ではずば抜けて優秀な人が就職せずに起業するのはもちろん、実は優秀でない人であっても起業することに対する精神的なハードルが低い。  後者の人達は前者のような派手さはなく、自営業に近いような地味な起業を行って生計を立てていくことが多い。日本では起業する人が少なく、その良い面や悪い面が身近な例として広く知られていかない。成功も失敗も含めて、そういう事例を若者に伝えていくことが重要だと思う。

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