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もし村上春樹がカップ焼きそばの作り方を書いたら

文豪の文体とは
もし村上春樹がカップ焼きそばの作り方を書いたら

「完璧な湯切りは存在しない…」

 研究職の友人から、団体の周年記念誌への寄稿文章を「推敲(すいこう)してくれ」と頼まれた。記者ならさぞ文章が得意だと一般に思われがちだが、ニュース原稿とは勝手が違う。

 参考にしようと、会社の書庫で過去の記念誌類を探す。周年寄稿文は「お祝い」で始まり「功績をたたえる言葉」「自分と相手との関わり」と進み、将来を祈念する言葉で結ぶようだ。構成は分かったが、そのままなぞるのでは味気ない。

 ふと、書店で買い求めた『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)を思い出した。文豪や著名人がいかにも書きそうな100通りの文体で、カップ焼きそばの作り方や情景を綴(つづ)った一冊。

 三島由紀夫なら「官能的な馨香(けいこう)、ゆらゆらと反射する麺の輝き」と情の濃い表現。江戸川乱歩は「ビビビ…と骨の髄に響く音を立てて、蓋(ふた)が開き」と読み手を引き込む筆致。現役のヒットメーカー・村上春樹の場合は「完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」という具合。

 小林秀雄のような格調高い文体をマネたいと考えたが、あえなく時間切れ。無難な文章を添えた友人への返信の最後に、村上春樹流に「完璧な文章なんてないから」と書き加えてお茶を濁した。
日刊工業新聞2017年9月19日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
この記事は僕が書いたものではないが、記者は必ずしも文章が上手なわけではない。ニュース原稿を書くことには慣れているが、作家ではないのだ。そもそも記者の素養において、文章の上手はさほど重要なわけではない。だからちょっと違った原稿を頼まれると案外困るのである。 新聞社では社内で誰か結婚すると、新聞スタイルの号外を出すことがある(披露宴などで配る)。今年、新聞の一面の一番下にあるコラム(朝日新聞でいう「天声人語」)を結婚号外で頼まれた。もう1週間ほど悩みに悩んだ。いったん書き始めたら30分ほどで出来上がったのだが…。

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